今、コミットしている現場から  梓澤和幸


「石に泳ぐ魚」改訂版に対する声明 (11月1日)

声 明

  10月31日発売されると伝えられる小説 「石に泳ぐ魚」 改訂版について重大な事実が判明したので、弁護団として新潮社と柳美里氏に対して抗議し声明を発表する。

1、 最高裁判決によってこの小説が人格権侵害の本として社会に広く知られてしまった事情を基礎にする以上、この小説改訂版は自制によって発売を思いとどまるべきだとする声明を弁護団は10月25日付けで発表した。
  しかるに明日改訂版発売は強行され、さらに同改訂版の表紙には 「幻の処女作」 との表示があり、奥付にはモデルの女性が裁判を提起し、最高裁が差し止め判決を下したこと、裁判に8年を要したことまで表示されている。
  これは改訂版の登場人物とモデルの女性との同定可能性をわざわざ増大させる措置である。
  この措置によって改訂版は読者をしてわざわざ原告女性の属性とオリジナル版への関心と興味を増加させる効果をもたらすのである。

2、 改訂版の発売自体が新潮社と作家の利益やエゴイズムを人格権より優先する姿勢を示すものであるが、表紙及び奥付へのこのような記載は、さらに加えて、最高裁判決とそれにいたる原告女性の真摯な訴訟活動を嘲弄し、他者の尊厳を蹂躙して恥じない上記両者の姿勢を示すものであることを厳しく指摘しておきたい。

3、 最高裁判決とそれ以降の経過の中でのマスメデイアの報道のありかたにも一言ふれておきたい。

  本件訴訟では、人間の尊厳が文芸作品によって無残にも蹂躙されたことが明白になり、そのことのゆえに小説の差し止めという異例の事態を招いたのである。表現の自由は先人たちの、生命の危険をも賭した闘争によって獲得され、守られてきた、重大な価値をもつ基本的人権である。本件訴訟の帰趨はその行使のありかたに警鐘をならすことになったものである。

  しかるにいくつかのメデイアは問題の重大性をかえりみることなく、作家の言い分を無批判に報道し、この事態をまねいた作家に何ら反省もうながしていないのである。判決が履行されたかどうかの点検さえされていない。これらのことは極めて不思議なことと言わなければならない。

4、 改訂版が店頭にならぶとき、日本の読者と社会の良識が歴史によって問われているのだということに注意を喚起したい。

     2002年10月30日

「石に泳ぐ魚」 事件被上告人 (原告) 弁護団 
弁護士  木 村  晋 介 
同   梓 澤  和 幸 
同   飯 田  正 剛 
同   坂 井     眞 
同   佃     克 彦