今、コミットしている現場から  梓澤和幸


原発報道(マスメディア)の問題点とNPJの活動

津田塾大学にて 2011.5.23
NPJ 梓澤和幸

  NPJの活動に参加を考えているという学生のみなさんに、市民メディアの活動をしているものとしてメディア状況の認識をお伝えすべく津田塾大学に赴いた。 その際のプレゼンテーションの要旨を記したい。
  ところどころに問いがあるのは、わたくしのプレゼンのスタイルである。

  <原発報道に焦点をあてて>
  1、メディアは危機の把握と報道が不正確で遅い。
  レベル7、メルトダウンの報道があまりにも遅い。
  メルトダウンとは炉心の核燃料が溶融すること。核燃料の冷却装置が作動せず高熱が続くと核燃料を覆うジルコニウムが高熱により溶かされ、 下部に落下し水素爆発を誘発し格納容器の破壊をもたらすことである。 また下部に落下した高熱の核燃料の温度が平均827度以上になると圧力容器を破壊する。 この核燃料の溶融によりもたらされる圧力容器と格納容器の危機をメルトダウンという(高木仁三郎 チェルノブイリで何が起こったか。 『原発のどこが危険か』 桜井 淳著 97ページ 参照)。

  メルトダウンとは何かについて、その危険性についてはスリーマイルランド事故の検証が参考になる(前掲 桜井 淳著書参照)。
  格納容器を破壊されると死の灰を拡散する。
  100万キロパワーの原発一基の原子炉は、一日で広島型原爆3発分の死の灰を格納容器の中にためる。 メルトダウンにより核燃料は3000度の高熱を発する。その高熱は格納容器を損傷するので内部にためられた死の灰と燃料が壊れたことにより、 普段ジルコニウムにより包まれている核物質(放射能を発する物質)が外部に漏えいする。それがメルトダウンである。 その発生は一大危険な事件の発生である。よってすぐに報道されるべきであった。

  そのメルトダウンが日本で報道されたのは、3.11の発生後2ヶ月してからである。しかも放射能はいまも煙突から煙がはき出されるように拡散している。
  情報公開と報道の遅れのため、人体の被曝防止、農業地の汚染防止の対策が遅れたし、今も遅れている。 チェルノブイリのとき、事故をおこした原発から3000キロのイギリスの羊、1000キロの南ドイツのきのこ、山菜が汚染され、 ヨーロッパ全域でミルクが飲めなくなったことを思い起こすべきである。いまの日本は危機意識が低すぎる。
  その責任の元は政府・東電であるが、メディアも責任を負っている。

  問い1 報道側、政府東電の言い分はパニックをおさえるため、
むやみな危機感をあおらないというが、そのことをどう考えるか。

  2、放射線量の報道が実際より低い疑いがある。
  本日2011年5月23日の朝日新聞東京本社版14版5ページの紙面には、各地で観測された大気中の放射線量と題する記事がある。
  ここに福島 1.45、郡山 1.35、東京新宿 0.06の数字がある。
  郡山に5月4日行って線量計で計った体験や、東京でいま計る体験にてらすとこの数字は低すぎる実感がある。

  この数字は郡山市役所で計ったものと伝えられる。たしかに市役所の前のコンクリートの1メートル上ではかったときの数字はこれに近いものであった。 実際に福島県に行った体験によるとどうか。
  原発から20キロ南のJビレッジでは 1.22マイクロシーベルト。
  いわき市内で 0.5。
  郡山の市役所前は 1.5前後であったが付近の公園では2マイクロ、3マイクロと出た。
  飲食街に夕食に出たときはビルの物陰で4マイクロを超えることがあった。
  友人の家の地表面では 3.6マイクロと出た。
  付近の小学校のかきとり盛り土の上では5、翌日別な石を計測したときは6マイクロと出た。
  かきとり後の校庭では2マイクロと出た。
  が、200メートルほどの公園で計ったときは3マイクロシーベルトであり、線量計が危険を知らせる合図の音を鳴らしていた。 都内では都心でも1メートル高さで 0.2マイクロが出る。

  計測は多地点で行われるべきである。 共産党吉井英勝議員は福島県内4000か所以上の携帯電話の基地に線量計をおいてはどうか、と提案しているとの報道があるがこれも一策か。
  また、マスメディアは自分で計測器を持つべきである。

  問い2 なぜメディアは自分で線量計を持って計測しないのか。
それをいかに考えるか。
  市民団体が線量計を購入し、自分で定点観測するネットワークを形成してはどうか。

  3、原発難民の苦境のリアルが伝えられていない。
  91,000人が居住地から避難を強いられている。
  郡山ビッグパレットの状況は次の通りである。
  大きな体育館のような場所に一家族4メートル四方の空間があり、2ヶ月たったいまも段ボール50センチ高さの仕切りの中で生活させられている。
  富岡町、川内町の行政機関もビッグパレットに移転している。
  農業、自営業者には 100万円の仮払いも行き渡っていないが、再開の見通しも立たない。
  ある医師の話を聞いた。ローンを1ヶ月何百万払いつつこの避難所でボランテイアの医療を提供している。生活の見通しが立たない。

  原発から 100キロの会津若松市では大熊町の住民が避難していた。
  葵高校あとには役所、学校の職員室があった。ある課長さんに故郷の情景を聞いた。
  4月終わりから5月にかけては海岸から山にむかって梨の木に白い花が咲いていた。
  遠景には阿武隈山脈が地平線を占めていたという。

  問い3 原発人災には加害者がいる。原発難民を
人災の被害者として描く描写や取材報道がないのはなぜか。

  4、地震大国日本と原発立地という問題
(1) 原発そのものがリスクを抱えた技術である。
  電源喪失、冷却水システムの停止(スリーマイルアイランド)、配管の破断、制御棒の落下事故、配管圧力容器の中性子脆化、火災(柏崎)。
(2) 核燃料の廃棄物自体が危険性をもつ。処理費用の厖大化、今回福島第一原発4号炉でそのことが一般にわかった。
(3) 地震大国日本では一層の危険がある。
  福島第一原発の今回の事故は地震大国日本の原発の危険を教えた。浜岡は運転停止になったが、女川では4分の3の外部電源が喪失した。 福島第一原発では205回の法律通達事故(一定レベル以上の事故)が、 柏崎刈羽原発ではそれにいたらない事故が3000回起こっているとの吉井英勝議員の指摘(吉井英勝著 原発抜き地域再生の温暖化対策へ  111ページ)が顧みられるべきである。

  問い4 原発のリスクと地震のリスクの危険性が
                  なぜ強調されないのか。

  5、NPJはどうしようとしているか。
  NPJはイラク人質事件のときファルージャの虐殺を日本に伝達しようとした人質三人が、 内閣とマスメディアの力で逆に非国民であるかのごとき扱いを受けた経験に照らして創立された。 つまり大切なときにマスメデイアがこぞって大事なことを伝えない構造を打ち破るためである。

  NPJは事実の公開、情報公開を求め、そのことにより自律した市民の自己決定に資することに貢献したいと考えている。 東電と政府の統合記者会見に参加し、読者から寄せられた質問を東電と政府にぶつける。
  遠慮をしない質問と取材、報道に努める。
  そのために市民記者の力が必要である。

  6、NPJ記者になるために必要なこと
  NPJの趣旨に賛同していただき、記事をどんどん書いてほしい。そうすれば記者としての活動の条件はぐんぐんひろがっていくと考える。
  連絡は azusawa@azusawa.jp に頂きたい。

  参考文献
  石橋克彦 ネット上の論文  石橋克彦←検索
  『原発事故を問う チェルノブイリからもんじゅへ』 七沢 潔著 岩波新書
  『チェルノブイリ原発事故』 高木仁三郎 七つ森書館
  『原発抜き地域再生の温暖化対策へ』 吉井英勝 新日本出版社