トピックス   梓澤和幸


刑法が変わると捜査も変わる
──共謀罪とは別法の大改正だ──


  共謀罪という名前にみんなだまされている。
  悪いことをこそこそと、どこか、薄暗い部屋で相談し、陰謀をたくらむといったような──。
  そんな人たちと私は関係ないから、と思っている人にどうやってメッセージを届けるか。

  よく考えてみた。
  こういうことなのである。共謀罪とは、いままでなら処罰されない予備、陰謀、準備相談が処罰され、捜査の対象となる、ということだ。

  たとえば、である。
  “あいつ、ぶっとばしてやろうか。
  景山と山岸は相談して、車を止めて意地の悪い赤シャツを待っていた。いつも、赤シャツはここを5時頃通る。 虫酸の走るような気取った顔で、世界を征服したような顔で……。

  読者はここで君の一番嫌いないやな奴の顔を思い浮かべてもらいたい。

  へこましてやろうか。坊ちゃんは、わなわなとふるえて許しを乞う赤シャツの顔を想像しただけで、溜飲が下がった。
  山嵐も、息を弾ませていた。
  だが、来ない。
  1時間待った。

  と、こつんこつんと、運転席の右のガラス窓をたたく音がした。メガネをかけた、子どものような顔をした男と、 こめかみが白くなった50代の腕っぷしの強そうな男が、こちらを覗き込んでいた。 その後で、ケータイを握った男がしきりにパトカーを呼んでいた。もう、この車は前後をパトカーに固められていた。

  現行刑法で、山嵐と坊ちゃんは処罰できるか。
  その刑法の下で、警察は、“ちょっと来い”と二人を交番へ連れて行けるか。
  できないのである。

  傷害には予備がない、陰謀がない。
  手が出ない以上は、処罰も捜査もできない。
  手が出たときに(足もいけませんよ)はじめて、国家が出てくるのである。

  ところでキョーボー刑法ではどうか。

  次のような仕組みである。
  今までは、山嵐と坊ちゃんが赤シャツをぶっ飛ばして、顔にアザを作るところまで行かないと、警察も手を出せなかった。

  キョーボー刑法では違う。
  予備、陰謀が、それだけでいけない。相談がそれだけでいけない。
 仮に、ぶっ飛ばせなかったとしても、やられる。

  犯罪があると思料するときは、司法警察職員は犯人及び証拠を捜査するものとする(刑事訴訟法189条2項)。

  ぶっ飛ばせなかった。車の中で待っていた。
  これで、捜査の対象となるのである。
  相談がいけないのである。

  山嵐と坊ちゃんは、あいつ、ぶっ飛ばしてやろうか、と相談した。
  これはよくない。道徳的によくない。
  だって、気に入らない奴を殴っていい、ということにしたら、今の世の中、殺伐としているから、道中で殴り合いがはじまり、 一時間電車に乗って職場に着くころには、顔中アザだらけになり、仕事が手につかなくなる──。
  これでは、社会が成り立たない。

  昔、ホッブスという人は、こう考えた。
  そこでお互い、言いたいこと、ブットバシタイことがあっても、そこは押さえて、憲法を作って、その憲法のもとに国家を作った。

  国家は強い。おまわりさんを雇って、刑務所ももつ。
  しかし、問題はここである。
  誰を捕まえてもよいというわけでなく、国家は、どんなことをしたら、刑務所に行きますよ、という限界をはっきりさせなければいけない。

  ものを盗んではいけない。(窃盗罪)
  人を傷つけてはいけない。(傷害罪)
  人の命を奪ってはいけない。 (殺人罪)
  預かった人の物を、自分の物のように扱ってはいけない。(横領罪)

  罪はあらかじめ決まっている。
  罪が決まっているから、悪いことをしないのでなく、もともと、良心があるから悪いことをしないのだが、罪が決まっている、 ということは大事だ。

  何故かというと、国家がここから先は手を出しません、という約束でもあるからだ。
  刑法は、人々をしばるとともに、国家をしばっているのである。(罰刑法主義の人権保障機能)

  キョーボー刑法のしばりは、市民にはきつく、国家には実にゆるふんである。

  ぶっ飛ばしてはいけない、傷つけてはいけない─→という規範から、相談しただけでも“ダメ”という規範に変わるのである。
  実に国家には、そして、おまわりさんには実にだらしないしばりになるのである。

  山嵐と坊ちゃんは、一時間も車の中で相談していたのだから、逮捕である。先生としてはクビだ。
  こうなると、キョーボー刑法は、国と市民の境界線を決める。
  大事なキマリの大改正ということがわかる。

  ほうっておけないのである。
  俺は悪いことはしない、関係ない、と思っている人にも関係あるのである。
  だって、国の仕組みが大改正となるからである。
  それと、保守とか革新とか、そういうことにも関係ない。

  およそ、近代とか、民主主義とか、そういう生き方でやっていきたい、のだとすればキョーボー刑法には、 「自由」と「民主」の党の議員さんにも反対していただきたいのである。
  条文をよく勉強してもらいたいのである。

  少なくとも、あっという間に強行採決というのは、みんなが自分で自分の首を絞めるような愚である。
  こういうとき、いつも不思議なのだが、大学の刑法の先生方は、どうしていらしゃるのか。


  ※参考HP
    共謀罪が適用される法律名・罪名 619
    「共謀罪TV」
    情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士
    投稿 国連の権威を疑え! 海渡 雄一 (弁護士)
      −国際機関を利用した治安立法制定の動き−