お薦めの本



  奥平康弘著 『憲法を生きる』 日本評論社

梓澤 和幸(弁護士)

  この社会で発言の場を与えられていない人たちが、切実に語ることばこそが守られなければならない。
  このような実践を行う現場にあって、憲法学者奥平康弘教授の言葉は、なぜかいつも肉声で聞こえてきていた。 その肉声は、いつも懐疑的で哲学的な問いに満ちていて簡単に結論を出さない。

  「そんな簡単なものではないんだ。憲法というものは」 と言われているような気がした。
  とくに 『「表現の自由」 を求めて――アメリカにおける権利獲得の軌跡』 (一九九九年 岩波書店) の感想文を書く機会 (図書新聞掲載) があり、 本に取り組んだとき、巻末にかかげられた膨大な参考英文文献目録と判例のリストを見たときには愕然とした。 古稀近い指導的研究者が、一冊の本の、体系と結論に到達するのに、これだけ尽力するものなのか。 そして、その尽すいのすえに到達したある飛躍。――「(表現の自由コンセプトの新しい歴史は、 著名な裁判官によって作られたのではなく) 時代を生きた名もなき多くの人たちが、最高裁裁判官という要職にあり、発言力のある人びとの共感をかちとり、 自分たちの権利擁護のための代弁者として表現の自由法理を語らしめるに至ったのである。(前掲書128ページ)」

  本書は、憲法研究の 「巨木」 奥平康弘教授の研究者人生の総括ともいうべき書である。教授を尊敬する五人の後輩研究者がその縦横な語りを引き出した。

  通常だと、古稀記念とか、喜寿記念の論文集をささげるところなのだが、はしがきによると、著者はこれを未然のうちに 「つぶした」 とユーモアを込めて語っている。 しかし、つぶれたおかげで一人の大先達の 「作品としての人生」 が浮かび上がっている。 しかもそれは、一つの完結した仕事でなく、未完の作品をして、次の世代に手渡されているのである。

  二つの点で本書は、凝縮点と課題を呈示している。

  第一は、表現の自由とは何か、憲法研究者はそれにどういう姿勢で向きあうべきか、という問題である。 伊藤正己、芦部信喜などというビッグネームが出てきておそれおおいのだが、 これらの諸先生とどこか違うと思っていたその違いの根っこのところがはっきり主張されている。
  教授はお二人に敬意をこめ、慎重なワーディングでその違いに言及しているのだが、読者として抽象してみると、 その違いとは、あくまで現場に立とうとする泥臭さ(リアル)である。わいせつ、名誉毀損、戸別訪問、文書規制を中心とする公選法による規制、 自由への抑圧があり、それと闘う人々がいるとき、その現場では、傷つき、苦しみ、それでも希望を見出そうとする実存する人生がある。 著者は、そこに共感し、それらの人生を共に生きようとした。そこにこそ研究者の栄光があると信じてきたのではないか。 しかも、教授はそれを生(なま)の政治的力関係論ではなく、法理論として、憲法理論として法廷に通用するやいばとして鍛えあげようとしてきたと思われるのである。
  教授は安易な利益衡量にたよらずに憲法上の論点に、歴史と哲学の光をあてる方法で回答をさぐろうとしており、 その思考は本書でも展開されているが、『治安維持法小史』 (岩波現代文庫)、『「表現の自由」 を求めて』、『なぜ表現の自由なのか』 (東大出版会) などの成果は、 後進学徒にも憲法訴訟の実践の現場でももっとかえりみられてしかるべきだとつくづく思う。

  第二の課題とは、憲法九条の問題である。教授は、九条の会結成の呼びかけに加わられた。呼びかけの反響について、次のような率直な表現がある。

  「(九条の会の呼びかけには) 共鳴してくださる人たちが大勢いました。ものすごい熱気でした。……ぼくたちが壇上で喋ると、 同時に聴いている人たちの共鳴にぼくたち自身が巻き込まれて、自分がこういう大きな流れに関わっていることに確信を持つようになった」 (一五五ページ)。
  「九条を抱きしめて」 と題された第四章のタイトルは、ジョンダワーの著書のタイトルを想起させるが、ここでもまた現場にある研究者の語る九条をめぐる論は、 ダイナミズムに満ちている。
  「物語としての憲法」 というキーワードが出てくるのだが、こんな風に受けとった。

  ある人が九条とか、戦争とかを語るとき、その語りは個人的体験でありながら、ただちに、個人のまわりにある家族、友人、親戚、 仲間というひろがりをもった体験とつながる。それは、また次の実在する人生とつながりながら強い反響を呼ぶ。 九条をめぐる人々の語りは、そう簡単には踏みつぶされたり、記憶から抹消されることのない巨大な、諸人生の合唱となる運命を、もう、持ってしまっている。
  「物語というのは、総体としての歴史への関わり方をどのように意識化するかという問題です」 (一六〇ページ)。

  “明らかにぼく個人のレベルでは連戦連敗。 ぼく、一度も勝ったことないよ” と口語体で締めくくる老教授の語りに込められた逆説的な気高い誇りが胸の深いところをうち、 しばらく遠くをみて残響を大事にしていたくなった。

図書新聞 掲載





岩波書店 岩波新書


『報道被害』 を発刊して

  報道被害問題を悪用する権力の報道の自由侵害の動きに対抗する構想を打ち出しています。
  具体的に被害救済の道筋を明らかにするとともに、抜本的にして、リアリティーのある改革案を提言しました。
  この時代状況に、ある角度から切り込んでみました。ご一読の上、ディスカッションのそ上に載せてくだされば幸いです。



  拙著に校正ミスがありました。筆者の責任です。関係者の方々にはご迷惑をかけました。 お詫びして訂正させていただきます。近々、発行元のHPからもリンクされます。

1 p. 9  1行目
  誤 疋田圭一郎
  正 疋田桂一郎
2 p.19 4行目
  誤 父のとの会話
  正 父との会話
3 p.80 14行目
  誤 2003年
  正 2005年
4 p.96 5行目
  誤 江川詔子
  正 江川紹子
5 p.104 8行目
  誤 被告者
  正 被害者
6 p.105 9行目
  誤 プラシバシー侵害
  正 プライバシー侵害
7 p.131 6行目
  誤 符号
  正 付合
8 p.181 6行目
  誤 弁護会
  正 弁護士会
9 p.182 6行目
  誤 報道評議会(プレスカウンシル Press
  正 報道苦情処理委員会(Press
10 p.185 8行目
  誤 東京第一、東京第二
  正 第一東京、第二東京
11p.194 10行目
  誤 原寿男
  正 原寿雄
12 p.208 3行目
  誤 (『なぜ表現の自由か』)
  正 (前掲 『放送の自由のために』)
13 p.218 10行目
  誤 河野理子
  正 河原理子
14 p.222 8行目、9行目
  誤 奥平康広
  正 奥平康弘
15 p.223 9行目
  誤 朝倉哲也
  正 浅倉拓也
『報道被害』(岩波新書) を発刊しました

  次のような目次です。

はじめに
第一章 報道被害と向き合う
     1 報道被害問題との出会い
     2 報道被害とは何だろうか
第二章 松本サリン事件報道・再考
     1 犯人視報道のはじまり
     2 逮捕の危険に抗して
     3 遅れた謝罪と訂正
     4 メディアと警察
第三章 犯罪被害者への取材と報道
     1 集中豪雨型取材の陥葬
          ──桶川ストーカー殺人事件
     2 犯人扱いされた遺族
          ──福岡一家四人殺害事件
     3 問われているのは誰か
第四章 報道被害とたたかう
     1 メディアとの交渉
     2 仮処分による差止め
     3 訴 訟
第五章 報道不信とメディア規制
     1 報道不信の高まりの中で
     2 人権擁護法案とメディア規制
     3 個人情報保護法とメディア規制
第六幸 市民のための報道へ
     1 なぜ報道被害があいつぐのか
     2 被害救済体制を作る
     3 捜査情報の構造を変える
     4 経営者と編集幹部の意識を変える
     5 現場の人権意識を高める
     6 報道被害問題から表現の自由を問い直す
おわりに
主な参考文献




東京新聞 書評 2007.2.18 に掲載されました

図書新聞 書評 2007.2.10 に掲載されました

朝日新聞 書評 2007.2.4 に掲載されました


重版出来

発行/筑摩書房

  第一のポイントは、グローバルに外国人労働者問題を調べ上げて書いています。
  少子化時代は、外国人労働者流入の時代でもあります。
  ヨーロッパ、カナダ、オーストラリアの外国人問題について、きわめて詳細に調べた本。
  旧日経連の書評でもとりあげられた書です。
  政党の政策パースン、議員、政策秘書、研究者の思案の友になること必須です。
  二つ目のポイントは、在日朝鮮人問題 (オールドカマー) と外国人労働者問題の結びつきに言及した唯一の書といえます。
  在日が、一片の通達で日本国籍を奪われた経過を説明しています。

著者 自薦の記



       『誰のための人権か
           ──人権擁護法と市民的自由』



田島泰彦・梓澤和幸 編著 定価(税込) 2310円
日本評論社から出版されました。

国会で本格審議に入ろうとしている表現の自由、 メディア規制にかかわる重要な論点を含む人権擁護法案。
しかし法案の内容自体が広く明らかにされていない。
本書は、法案そのものの問題点を条文解説などで明らかにする。 市民的自由を考える上で必読の書。


第1章 人権擁護法とは何か
  総論1 人権擁護法とは何か
  総論2 表現・メディア規制の動向と個人情報保護法案
  総論3 新個人情報保護法と市民的自由
第2章 条文解説
  1 総則
  2 人権委員会と人権擁護委員
  3 人権救済手続
  4 特別救済対象としての人権侵害
第3章 徹底討論/座談会・人権擁護法案の検討
第4章 比較研究/「メディアと人権救済」の国際動向
  1 イギリス
  2 アメリカ
  3 韓国
資料編
  1 人権擁護法(案)
  2 国家機関(国内人権機関)の地位に関する原則(パリ原則)
  3 規約第四〇条に基づき締結国から提出された報告の検討
自由権規約委員会の最終見解


表現の自由とプライバシー
憲法・民法・訴訟実務の総合的研究




田島泰彦、山野目章夫、右崎正博 編著 日本評論社


第1部 表現の自由とプライバシーの論点
  第1章 表現の自由とプライバシー
    第1節 憲法とプライバシー
    第2節 私法とプライバシー
    第3節 “プライバシー”から“個人情報”の保護へ
    第4節 「プライバシーと呼ばれる権利の夜明け前
  第2章 プライバシーと差止め
    第1節 差止命令と表現の自由
    第2節 差止めの手続と損害賠償
    第3節 差止めの現状と問題点 梓澤和幸
  第3章 プライバシー各論
    第1節 プライバシーとメディア
    第2節 プライバシー侵害と名誉毀損
    第3節 インターネットとプライバシー
    第4節 民事裁判手続過程でのプライバシー
第2部 表現の自由とプライバシーの判例
   「宴のあと」事件、京都府学連事件、
   「エロス+虐殺」事件、前科照会事件、
   ノンフィクション「逆転」事件、
   「ジャニーズおっかけマップ・スペシャル」事件、
   「石に泳ぐ魚」事件、早稲田大学名簿提供事件、
   週刊文春差止め事件
第3部 表現の自由とプライバシーの比較法
   アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、韓国
第4部 座談会と提案
   座談会 表現の自由とプライバシーの現状と課題
    梓澤和幸、右崎正博、山野目章夫、田島泰彦



1.文庫出版のお知らせ
『あなたの個人情報が危ない!』
       (共著・櫻井よしこ編著/420円)
  小学館文庫より出版されました。

梓澤執筆部分は、 第2部 「個人情報保護法案はネット時代の治安維持法だ」 です。

2.住民基本台帳ネットについて、さらに勉強したい人には次の本をお薦めします。
『プライバシークライシス』(文春新書)
『小泉改革と監視社会』(岩波ブックレット)

著者はいずれも斉藤貴男氏
取材をしなければものを言わないという姿勢を頑固に貫く人です。 ぜひご覧下さい。

3.清水 潔 著
『遺言』 桶川ストーカー殺人事件の真相(新潮社) をもう一度よみなおす機会があった。たった一人で警察の ストーリーをひっくり返し、クラブの記者達を追いぬいた。
メディア論として記者志望の人にみて欲しい一冊である。 ハムスターの 「ノスケ」 との別れの場面など筆者の人柄を 思わせる。