エッセイ     梓澤和幸

違和感を大切に
(2004年3月12日)

  その頃弁護士会のビルは四階建ての、都心で見かけるのは稀な、石造りの建物だった。

  何をするのも初めての新人弁護士が、一階の弁護士だけが集まる部屋に入ったときの記憶が今もよみがえる。

  感じたのは、中年の弁護士たちに共通する一種気むずかしい、ちょっと威張ったような表情であった。

  何だか自分の中にある物と、この先輩たちの物の感じ方とは違うなと直感的に思った。

  私が仕事をしてきた分野のことしか言えないのだが、法律の分野では、理論、論理がすべてを決するという風潮が圧倒的である。 これに対して私は、人を動かさずにはおかない心の働き、とくに人が意識しない無意識の心の働きを大切にして仕事をして来た。

  言葉を変えて言うと、理屈の世界にアート (芸術) をもちこむようなものである。

  それは、いささか独特の発想、独特の仕事のスタイルで、おかしな奴という評価をふりまいたかもしれないが、 それはそれでよかったのだ、と思っている。

  たとえば無実の被疑者を守って不起訴の結果を獲得しようとするとき、無実の被告人の無罪にむかおうとするとき、 もちろん事実をめぐる証拠関係、事実関係こそが基礎となるのであるが、より決定的なのは、 当事者と私たちの、きわめて短時間のうちにつくりあげる信頼関係である。 それが不動のものであるとき、強大な力をもった相手をもった圧倒する戦略、戦術はいかようにも生み出すことができる。 しかし逆に、この基盤を崩されたときはひとたまりもないのである。

  このような生き方をして行くうち、隣接異分野の新聞記者、研究者、労働組合幹部と肝胆相照らす仲となり、 お互い急場にかけつける仲間となった。しばしば決定的な場面で救ってもらったこともあった。

  新人諸君の多くは、企業や官庁という組織の中に入っていくのであろう。 そこには、近代日本の歴史が作り上げて来た 「伝統」 というものが牢固として存在していよう。

  しかし、もし君がそこに違和感を感じたら無理矢理その鋳型に自分をはめこむことはない。 金融や証券の分野で、ある時は頑固に自分の良心を守りその故に疎外されたが、 次の時代には見直されたという事例は枚挙に暇ないではないか。

  日本の破滅を救うに個人の良心、正義感に期待がよせられる時は今をおいてない。