エッセイ     梓澤和幸

合唱―─歓喜のうた
(2006年9月26日)

  合唱の最前列で背中をまっすぐのばし、口蓋をまっすぐたてにあけ指揮棒を一心腐乱に見つめてうたう一人の男性の表情に私はひきつけられた。

  すべての、すべての人々よ。
  すべてのひとびとは同胞であるはずではないのか。

と呼びかける詩人と、聞こえぬ耳がもっとも深く人々の苦悩と喜びに共振していた芸術家の魂が一体となって、この歌い手にのりうつったかのようであった。

  池辺晋一郎氏に事前の打ち合わせもなく舞台に招じ入れられた作曲家は、9条を現実と対比させて理想だと語った。
  そうだ。理想なのだ。よくわけしりの心老いた人がいうように理想は理想にすぎないのかもしれない。理想はなかなか実現しない。 だが理想を失った人間は希望ももたない。

  つやつやとした髪とひきしまった表情に特徴のある若い弁護士は、フランス革命を平和の思想として語った。フランス人権宣言には不戦の直接の宣言はなかったが、 そうすると 9条をめぐる対立はただこの時代の政争の道具などということを超え、時代をはるかに超え、日本列島という空間を超えた思想上の葛藤なのかも知れない。

  日本フィルハーモニーのオーケストラと、弁護士、市民がうたうベートーベン第 9シンフォニー合唱の演奏会は 9月26日、東京文京シビックホールで行われた。 おりしも安倍政権発足の日であった。雨をついて1800人の聴衆が集まった。

  まっすぐに背中を伸ばし、毅然とした表情で指揮する外山雄三氏の舞台上の姿や、大柄な身体でリードするコンサートマスターや、 オケの前に並んだ 4人のソリストの声楽家たちの立ち姿もいつもよりくっきりと記憶に残された。
  指揮者のことばもあった。音楽には何もできない、しかし……はできるといった、……はできる。
  何ができるのだろう、と思って聞いたのだが、大切なことを言われたのに聞き逃してしまったようだ。
  わざと想像を膨らませるように言葉を濁したのかもしれなかったが。

  スピーチの入る音楽会、そのスピーチに熱のこもった反響の拍手がおこる音楽会もまれであろう。

  壇上にたった二人の弁護士は自らの家族史とかかわらせて、戦争の痛苦を語った。戦争が終わって貧乏だが、明るい日のさす日々のことを語った。

  老練な弁護士の語りの表情は普段とは違う印象をもたされた。
  何か、とても深く、人生という大事な問題を考えぬいたような不思議な印象を与える話であった。

  その話の中に、二人の子どもを失った女性が、残された少年に、お前はこのことを通じて、 つまり平和な社会を作ることを通じて世に貢献しなさいと語る追憶の場面があった。
  引き裂かれるような、肉体の痛みをもってその女性はわが子に語りかけたのであろう。その体験と言葉はこうしてもう一度公の場に出されたのである。


記事

  9月26日東京都内で、
  9条がんばれ 弁護士と市民がうたう第 9コンサートは、盛況だった。
  外山雄三氏、池辺晋一郎氏が日本フィルの指揮をうけもち、女優日色ともゑ氏の 「茶色の朝」 の朗読などもある異色名音楽会で参加した市民は、1800人に及んだ。
  音楽会は弁護士会の憲法問題を考える有志グループが企画し、法曹界の中で憲法問題にとりくんでゆく大きなきっかけになるであろう。