エッセイ     梓澤和幸

 (2010.4.14)


  駅から2〜3分のところに、その大学の門があった。何だかにぎやかなのは、新入生をサークルに誘う学生たちのかたまりだった。
  机の上に立ち上がって、ただ肩をいからせている男の学生は何をやっているのかよくわからなかったが、何の部かと思ってながめていると、アメフトと書かれていた。

  5階建ての建物の前には、何十人もの男女学生がほほを紅潮させながら、ずうっとそれぞれにかたまりをつくって話し続けていた。 とくにテーマが決まっているわけではなさそうなのだが、真剣に、雑談が続いていた。ほっておくと、それは夕方暗くなるまで続きそうな勢いをもっていた。

  見上げると、コナラだろうか、建物と建物のあいだの狭い空間に十数メートルの高さの樹が立っていた。 まだときに冷えを感ずるこの気候のなかで、小さな芽があわい色の芽をふかせていた。
  こんなところに、こんな高さの落葉樹が一本だけ立っているのが不思議だった。この樹の向かい側には芝生があり、ベンチがあって、 若い男女がそれぞれてんでの方向に座ってしゃべり続けていた。
  澄んだ空気のなかで若者たちの顔に陽の光があたり、それは不思議なほど透明な光景だった。

  鼻筋が通って眼がきれいな女子学生が、二人で話し込んでいる男の学生たちに話しかけた。
  「バトミントン 興味」、少し間をおいて二人の目をのぞき込んだ。眼の表情を読み込んだのか、女性は 「ありませんよね」 と言った。

  色白の二人の男子学生。一人は眼鏡をかけていたが、女子学生に眼を合わせるでもなく、遠くを見ながらであったが、 ほんの少しだけ申し訳なさそうな表情をして、「ごめん」と言ったように見えた。
  女子学生は、少しもがっかりした様子を見せずに、また、3〜4人のかたまりのなかに入っていった。

  この中庭とは別の庭の桜と、樹々のあわい芽が見えた。
  そうだ、香りはしないのだが、何だか空気がかすかに香っているようだ。これは春の香りだ。

  今日お会いする教授の研究室のある建物はもう少し向こうだ。そう思って歩を進めていると、左の方からそって風が吹いて、 少しだけ桜の花びらがくるくるとまわるように地面に落ちた。

  と、そのとき、車椅子に背中を丸くした年取った女性と、それを押しながらしきりに話しかける娘さんらしい女性の姿が目に入った。 その向こうには──、そこにもしだれ桜とあわい新緑の芽がふく樹々があった。

  お孫さんの入学式に付き添ってきているとしても不思議ではないのだが、この二人の後ろ姿からそうではなさそうな気配を感じた。

  この車椅子の女性は、娘さんにせがんだのだ。
  「私がまだ車椅子ででも大学に行ける間に、あの校庭まで連れて行ってほしい」

  桜の花と緑と、建物を見上げるしぐさをする二人の後ろ姿は、この二人に少しも縁のない私にそう思わせる必死さをにじませていた。 匂い立つような若さの学生たちと、車椅子の女性。これは無惨な対比だろうか。この風景はそうは思わせない包容力をもっているように私には思われた。

  約束の時間になった。上の階にのぼって研究室のドアをノックすると、待ちかねていたかのように扉が開かれた。
  長身で聡明な表情の教授の姿がすぐそこにあった。