エッセイ     梓澤和幸

ある句集


  ある新聞社の社内研究会で次のような話をした。当日は日本対トルコ戦サッカーの当日で、新聞社の地下の喫茶店に入ると満席で、一組の高齢者が川柳人口の高齢化について熱心な会話をしているほかは誰も会話をしていない。
  この異様な沈黙は何だ。
  サッカーは負けた。直後にはじまった勉強会は、はじめ話をしにくかった。

 
〈個人情報保護法案の危険性〉

  今国会で審議されている個人情報保護法案は、市民の言論、結社の自由を統制する危険が大きい。それはメデイア規制法の一つとされるが、条文を検討するとそれにとどまらない市民的自由への破壊力をもっている。
  その点に重点をおいて法案を分析してみたい。

1、市民団体、個人を含む個人情報取り扱い事業者に対する、厳しい義務規定が設けられている。
  法案は個人情報取り扱い事業者という概念を措定し、同事業者に、個人情報の目的外利用の禁止、第三者への個人情報の提供禁止、不適正取得の禁止等の義務を課す、個人情報の正確さを保つ義務、従業者の監督義務を課す。 (22条ないし28条)
  事業者に対して、主務大臣が、個人情報の取り扱いに関して報告懲求権限(37条)、個人情報の利用中止を含む是正命令の権限を与えている。 (39条3項)
  報告を提出せず、または虚偽の報告をしたものは30万円以下の罰金、利用中止を含む是正命令に違反した事業者は6ヶ月以下の懲役、30万円以下の罰金を課される。
  悪質な業者に対しては、このくらいのことは必要ではないかという疑問が予想される。しかしである。
  法案の作成にかかわった内閣府の藤井昭夫審議官は、個人情報事業者には一定の数の個人情報を蓄積している非営利市民団体、個人も個人情報取り扱い事業者の中に含まれると言明している。
  実は事業者という法的概念は、2001年  月から施行された消費者契約法に初登場した。
  同法の解説書によれば、事業とは営利であると否とを問わない。一定の目的をもってなされる同種の行為の反復継続的遂行である。
  これを個人情報保護法に即して言えば、継続反復して個人情報を取り扱う団体、個人は営利目的を伴うか否かにかかわりなく、個人情報取り扱い事業者とされるのである。 したがって、個人情報をコンピューターデータベースや、索引付き名簿に蓄積しているすべての団体、生協、労働組合、弁護士会、法律事務所、野菜の共同購入グループはすべてこの個人情報取り扱い事業者に該当することとされるのである。

2、規制の主体──主務大臣
  41条は特定の個人情報について国家公安委員会を主務大臣とすることができるとしている。
  また、56条は、政令によって主務大臣の権限を地方公共団体の長、そのほかの執行機関に権限を委任できるとしている。都道府県公安委員会が除外されていない。
  41条と56条をあわせ読めば、これは個人情報取り扱い事業者とされるあらゆる団体、個人に対して、公安委員会ならびに警察が主務大臣の強大な権限を行使する危険がある。
  少なくともその危険が取り除かれていないのである。
  この後の展開は 「つづく」 としよう。
  スピーチは、話し手を聴衆が作り上げる。東京の真ディ後は少し違った雰囲気の編集幹部たちには、ある集中があった。てごたえといってもよいか。
  いずれにしても対トルコ戦の挫折感はふっとんだと私は勝手に思った。
  とくに、関心が集中したのは、公安委員会が主務大臣となり、その所属の職員、警察官が主務大臣の権限を握るというあたりである。
  編集局長から、ある句集をいただいた。

     口にせず自問自答の目に涙
     今なおも心に確とよみがえる
     ことごとく思いは同じなぜなぜと
     暗やみにうずくまり居てひかりまつ

     あれほどに親子丼ねだりしに

  15年前に突然命を奪われた朝日新聞阪神支局小尻記者の母上みよ子さんの句集 「絆」 である。
  最後の句は、しつけをきかなかったとき、幼かった小尻記者が、いくらねだってもがんとして好物の丼をつくってあげなかったことを悔やむ気持ちをうたった。
  帰りの新幹線の中で目を繰るうちに、突然ある句にであって涙が出た。

     虫の音にふと亡き息子帰りきと