マスコミの弁護士バッシング論調について  
木内 隆 (税理士)

  布川事件再審開始決定に対する検察の特別抗告、仙台北陵クリニック 「筋弛緩剤」 事件仙台高裁控訴棄却決定などでは、 権力犯罪 (と言って良いと思います) は裁かれもせず、バッシングもありませんでした。
  一方で、オーム真理教麻原裁判では東京高裁によって控訴棄却決定がおこなわれるという重大出来事も、 弁護士バッシングだけが報道されただけで控訴審が一度も開かれないまま刑が確定するという本質は何処かへ飛んでいってしまいました。

  最近のそんな司法をめぐる風潮の中で一昨日、最高裁で結審した山口県光市母子殺人事件をめぐって起こった、 弁護士バッシングの目に余るマスコミ論調にがまんならず、お邪魔をしてしまった次第です。

  一昨日の各マスコミ報道には以下の共通事項があります。
1.3月14日弁護士欠席のため弁論を開けなかった。
2.意図的な審理遅延行為を防ぐための出頭在廷命令が初めて出た。
3.安田弁護士は以前オーム麻原裁判の主任弁護士を務めていた。著名な死刑廃止論者である。
そして、
4.被害者の 「極刑しかない」 という訴え。
  さらにTVでは被告の 「ふてぶてしい声色」 という演出も追加されます。

  この事件には、若い母親と乳児が強姦目的の青年に殺された、というある種の分かりやすさがあります。 非道な事件は感情移入を容易にしてしまう傾向があります。

  私も含め通常は裁判制度には明るくありませんから、その前提で見ると、事態は弁護士の許し難い裁判妨害で、 憎っくき被告が断罪されない不正義がまかり通る裁判制度に見えるように思います。被害者の胸中を想えば涙が出るかも知れません。

  しかし、司法記者は素人ではありません。口頭弁論の延期など日常茶飯事であることは十分承知しています。 それが望ましいか否かは制度を担う当事者でないから分かりませんが、 弁論の延期が非難されることこそ異常であると司法記者が知らないならば、それこそが異常で、 「どこの国の司法記者が書いたの?」 と言う以外ありません。
  ましてや安田弁護士は日弁連の公務だったと説明しているのです。

  両弁護士がこの事件を受任したのは 2月末から 3月はじめと報道されています。控訴審まで行った殺人事件、 となれば読むべき書類が如何ほどの量になるか、素人でも想像がつきます。司法記者は、視聴者・読者の涙腺を絞るだけで、 弁護士には 「相手は悪人なのだから資料など読まなくても、適当にやればいい」 というつもりなのでしょうか?

  TVニュースでは必ず安田弁護士が麻原の主任弁護士を務めたことと、死刑廃止論者であるというコメントが挿入されます。 そのタチの悪い意図は明白ですね。
  「マスコミは善良な市民の味方です。善良な市民はみんなで悪人を叩きましょう。」 そんな標語が聞こえそうですが、 まるでリンチ社会です。

  いつの間にやら 「被害者とマスコミ」 が裁判の代行をする時代になったのでしょうか?  冒頭の被告が無罪だと主張している北陵クリニック事件では、被害者遺族が 「早く、刑に服しなさい」 とTVで訴えるのですから、 こちらの眼が白黒してしまいます。

  The road to hell is paved with good intentions. という警句が心にしみます。

  話は飛ぶようですが小生には、年収200万円台の低所得者層が小泉政権の 「カイカク」 支持の中心、 という昨今の 「自虐的」 政治行動のナゾを垣間見る気がします。

  マスメディアは情報伝達が商売です。商品たる情報は大量に売れように大衆好みに選択、加工して売るのが本来の仕事です。
  一方ジャーナリズムは社会の木鐸、炭坑のカナリヤです。大衆に伝えるべき事が伝わるように努め、世論形成に資することが仕事です。

  今回で言えば 「遺体の鑑定書からみて事実誤認があり殺人罪は構成しない」 と言う弁護士の主張の重みを受け止める事こそ、 司法ジャーナリストの仕事じゃないのでしょうか。

  ジャーナリズムは何らかのメディアに (出来ればマスメディアに) 載らなければ機能しません。 現代のように国家主義的傾向が強まり、国家から大衆動員が意図される時代には、 マスメディアからジャーナリズムが駆逐されようとするのは、本質的な宿命なのだと思います。残念ながら歴史は繰り返します。 権力は8割の動員を目指しますが、ジャーナリズムは2割を目指して踏ん張って欲しい。 正気が社会の2割あれば悲劇は食い止められるでしょうが、1 割を割るようだと社会の正気は崩落してしまう気がします。 そうなればいつになるのか、再度あるのかどうか分かりませんが、「戦後復興」 まで待つ以外ありません。

  それにしても、バッシングは覚悟の上で敢えて火中の栗を拾い、 法治社会の人権を護るために集中砲火を平然と受ける安田弁護士の勇姿にはただただ頭が下がります。