言論統制    梓澤和幸


個人情報保護法案の危険性(2002年7月5日)


  今国会で審議されている個人情報保護法案については、メディア規制の側面をみるだけでは足りない。市民の集会・結社・表現の自由に及ぼす深刻な影響に注目すべきだ。

一、規制される市民団体・個人
  法案は、「個人情報取扱い事業者」に対して、厳しい義務規定をおく。(二二条〜三九条)
  「個人情報取扱い事業者」とは誰のことか。
  法案作成に関与した内閣官房の藤井昭夫個人情報保護担当室長は、「個人情報取扱い事業者」は営利企業に限定されず、個人情報を取り扱うあらゆる団体、個人を含むとくりかえし言明している。
  実は、「事業者」とか「事業」という概念は、二〇〇一年四月一日施行の消費者契約法に登場する。同法の解説書によれば、「事業」とは、「一定の目的をもってなされる同種の行為の反復継続的遂行」であり、営利の要素・目的を必要としない、という。(経済企画庁国民生活局消費者行政第一課編「逐条解説消費者契約法」四二頁)
  同書はつづけて、事業者とは、かかる「事業」を行う法人、非法人、市民グループ、個人をすべて含むとしている。(同書四三頁〜四六頁)
  藤井昭夫室長の解説は、個人的コメントにとどまらないのである。
  かくして生協、野菜・健康食品の共同購入グループ、団地自治会、環境団体、弁護士会、法律事務所、病院、労働組合、など個人情報を集積するありとあらゆる結社・個人は、「個人情報取扱い事業者」として主務大臣のきびしい監督下におかれる。

二、規制される対象物と行為
  法案二条の定義規定によると、規制の対象となるのは、コンピューターにうちこまれた氏名・住所その他個人を識別できる個人情報の集積物と、マニュアル式の索引付人名簿である。ほかに、個人情報のかたまりであるメーリングリスト、ホームページ、機関紙などが監視の対象となる。
  これらの個人情報集積物について、目的外利用、同意なき第三者提供、不適正取得の禁止、正確性保持義務、従業員・委託先第三者への監督などの義務が諸団体、個人に課せられる。(二二条〜三四条)
  そして主務大臣は、これらの義務規定の遵守状況について報告徴求権限をもつ。(三七条)報告不作為の違反に対しては、三〇万円以下の罰金が課せられる。(六二条)
  また主務大臣は、緊急の必要があるときは、勧告ぬきでいきなり違反行為の中止その他の是正措置を命ずることができる。(三九条三項)主務大臣は違反行為ありと認定すれば、メーリングリストの利用中止、集会にむけたダイレクトメール発送禁止、個人情報の含まれた演説、論文等の発表禁止の命令を出せる。
  命令違反には、六ヶ月以下の懲役、三〇万円以下の罰金が課せられる。(六一条)

三、規制の主体─公安委員会
  法案は、内閣総理大臣は特定の個人情報について、国家公安委員会を主務大臣に指定できる、としている。(四一条) 「特定の」とするが、規定の上では何らの縛りがない。 また、内閣は政令によって都道府県知事、市町村長その他の執行機関その職員に主務大臣の権限に属する事務を行わせることができる(五六条、五七条、憲法73条)としている。
  「その他の執行機関」「職員」の規定から都道府県公安委員会、警察官が除外されていない。
  主務大臣というと、あまりに市民生活の日常から遠い。しかし、市民に日常接触する警察官や、市役所の職員が、強い規制権限をもつとなると、事は違ってくる。

四、ここでもう一つ私たちは、法的思考を働かせる必要がある。
  前記報告義務違反罪、違反行為中止命令違反罪は不作為の継続犯である。(刑法の不退去罪を想起されたい。)
 よって、これらの不作為に対しては理論上裁判所の令状なしの現行犯逮捕、捜索差押が可能である。(刑訴法二一二条、二二〇条)オーバーステイの在日外国人が入管法違反の現行犯で逮捕されている事例は数知れない。さまざまの団体、個人に警察がふみこまれた事態に想像力を働かせたい。

五、報道も主務大臣の審査権限の適用除外とはされない。
  たしかに五五条には、報道を適用除外とする場合の規定がある。
  しかし、報道機関に所属しないものには適用除外はないから、市民団体の機関紙、ホームページは適用除外されない。
  また、報道機関に所属していても、表現内容が、専ら報道目的でないとされるときは適用除外されない。(五五条一項一号)
  報道とは何か。「不特定かつ多数の者に対して客観的事実を事実として知らせること、又は客観的事実を知らせるとともにこれに基づいて意見若しくは見解を述べること」との政府答弁書(二〇〇一年七月二三日)がある。ある記事が真実か否か、それが専ら報道目的か否か、についての審査権限を主務大臣(公安委員会、警察をも含む)がもつのである。そして、報道目的でないとの口実で、刑罰や強制捜査の威嚇を背景にした前述の命令を出すことが可能とされる。これこそ憲法が禁止する検閲そのものである。
  以上のようにこの法案は、きわめて包括的に精神的自由を抑圧する。
  私は、この法案を「コンピューター時代の治安維持法」と命名した。
  法案の修正では欠陥を克服できない。廃案とすべきだ。


  防衛庁リスト問題について

1.毎日時評(5月11日通う)の情報本部問題に加え、調査隊にリストが渡っていたことに、もっとフォーカスを当て得るべきと考える。
  空自調査隊ほか調査隊にリストが渡っていたと言うが、何のためなのか、もっと記事を読んで欲しい。
2.私は、自衛隊は、いざ、出動という時に備えて、国民を監視する活動をやっていると見るが、メディアの記事は、法違反、責任、というところに焦点がいっており、不十分さを感ずる。