国分寺景観訴訟    梓澤和幸

〈目次〉
申請書要約
要請文
エッセイ
意見書
水くむ人々
意見書2 (環境に配慮した基礎工法について)



意見書2 〈環境に配慮した基礎工法について〉 (2003年11月19日)

環境に配慮した基礎工法について 意見書
平成15年11月17日

神谷 博 1級建築士
法政大学工学部兼任講師
日本大学理工学部非常勤講師

はじめに   西元町一丁目マンション建設問題に際して、国分寺市の専門部会のみず部会に市民委員として参加してきました。 みず部会は9回開かれ、その全てに出席し、副部会長として中間報告のまとめにも立ち会いました。 その過程で、基礎工法として採用されている翼杭工法が、工法的に最も環境に配慮したものとはいえないことを、 みず部会の中で指摘してきました。その点について、補足意見を述べます。

1.深礎工法について
  深礎工法は比較的よく用いられる基礎工法の一つであり、人力によるものと、機械掘りを併用するものがあります。 人力で施工するため、地下の地盤の様子を確認しながら施工を進めることができます。 今回のような場合、礫層を掘削する際に細心の注意を払って施工をする必要があり、 目視しつつ対策を講じることのできる深礎工法は翼杭に比べてはるかに環境に配慮した工法です。
  それゆえ、みず部会の中で深礎工法による施工の検討を要望しました。 これに対して、この工法を用いた場合の杭の設計検討結果が示されました (02.10.23資料)。 しかし、構造設計上可能でありながら、これを採用しなかった理由として、セメント分の溶出があり、 水質への影響があるとの回答でした。
  水質に対しては、コンクリートが溶出しないような方法をとることもできることを、 指摘しましたが (第7回議事録2ページ)、これに対しては検討する姿勢を見せず、何の回答もありませんでした。
  しかし、現在文京区の小石川植物園近くで起きているマンション問題でも湧水に対する基礎工法が問題となっており、 ここでははじめから深礎工法が採用されています。(資料参照) しかも、 地下水へのセメント分の溶出に対する懸念が同様に住民から出たことに対して、 施工者は溶出防止対策を提案しています。(資料参照) これは、国分寺で提起した内容と同じですが、 事業者側の姿勢は異なっています。
  尚、深礎工法については、建築の専門的な内容であり、専門部会といえども十分に理解が行きわたらず、 部会長も水質の専門家であり、それ以上の検討を要望するに至りませんでした。 事業者側は深礎工法でできるとしても、コスト的に不利と見たのではないかと思います。 環境を優先するならば、誠意を持って可能性を追求すべきであったと思いますし、これからでも検討可能な内容だと思います。

2.みず部会での検討
  みず部会における議論は、事業者側の専門委員も含めて紳士的に進められたと思います。
  しかし、議論がかみ合わなかった大きな理由は、事業者側がはじめから8階建てを前提にして それ以外の選択肢を全く考慮しなかった点にあったと思います。
  部会の中間まとめの見解の結論は、事業者側委員と市民側委員の両論併記となりましたが、 事業者側も 「湧水への影響が少ない範囲で選択をせざるを得ない」 といっているように湧水への影響が出る可能性を否定していません。 部会の任務である、「湧水への影響を少なくする工法の検討と湧水保全の検討」 は尽くされたとはいえないと思います。
  翼杭が環境に対して影響の少ない工法であるとの主張は、建設業の立場からの一般的見解に過ぎません。 騒音や振動を少なくするという目的ではなく、 今回のような地下水の水質への対策をはじめから考慮して開発された工法ではありません。 具体的に地下水に対しての影響がないことを立証できるようなデータは示されていません。 ローム土を礫層に巻き込むのではないかという疑問から、翼杭の羽根 (ブレード) を、ローム層と礫層では替えるのか、 と部会で問いましたが、答えは替えないということでした。(第6回議事録3ページ)
  従って礫層の中にローム土が巻き込まれる可能性は高いと思いますが、 それによって何が起きるかは予測がつきにくい問題です。しかし、礫層は間隙の多い地層で、 そこにローム層の細かい粒子が混入するのですから、地下水に溶出する可能性は相当に高いと思われます。 地下水に溶出するということは、ここに真姿の池湧水に至る水みちがあることがわかっているのですから、 湧水に影響が出ることは必至です。礫層の上部が事業者の言うような乾燥した環境ではなく、 湿っていて水分の上下がある環境であることは既に水みち研究会の意見書の中で述べています。
  いったん礫層に入ってしまったローム土は、水分に溶け込み少しずつ礫層の下部に到達して行きますが、 それがどれくらいの時間なのかも予測が困難なことです。 水質を工事開始から 1年後まで監視をしながら進めるとのことですが、その後に汚濁が始まる可能性もあります。 監視期間が 1年という根拠は一体どのような根拠で決められたのでしょうか。
  ちょうど 1年後くらいから影響が出始めるという、中長期的な汚染の危険性についても、みず部会では議論になりました。 第9回部会で、部会長は、短期的な影響については因果関係がはっきりするが、 「長期的に見て解析することが大事」と述べています。 しかし、モニタリングの話は今後の課題として議論が尽くされず、中間まとめとなりました。 第9回議事録で、「一旦部会を休会し、工事が確定したら部会を再開し、 モニタリングについて検討する」 という部会長のまとめで終わりましたが、 工事確定後もみず部会は開かれず議論は中断したままです。そ の後、市と事業者の間で湧水保全協定が結ばれたとのことですが、そのことは部会の委員には全く知らされませんでした。

3.湧水保全協定について
  湧水保全協定には、「採用可能で湧水への影響がもっとも少ない工法を採用することが事業者の責務」 と書かれていますが、 深礎工法等の湧水への影響を少なくする工法を採用するか否かの検討はこの責務にてらすと重要ではないかと思います。 小石川植物園の事業者が深礎工法を採用し、コンクリートの成分溶出に対する対策を講じていることに対して、 努力を怠っているといわざるを得ません。
  杭の底の状況を人間が確認しつつ施工できる深礎工法と、 杭の先端で何が起きているかわからない工法ではどちらが安全でしょうか。 翼杭は水質に対する懸念が大きい工法ですが、仮に理論上影響がない工法だとしても 現場で実際に影響が起きないという保障をどのようにできるのでしょうか。 やってみなければわからないのが実態であり、それゆえ監視しつつ施工する必要が生じているのです。
  このような重要な場所で、実験に近いことをするのは大変危険なことです。 もし溶出した時にはどのような回復策をとることができるのでしょうか。 回復が可能な方法が示されていれば施工してみてだめなら止めて検討することもあり得ますが、 影響が出るとすれば直後ではなく、必ず時間差が生じます。そのときには建物はできているでしょうし、回復は不可能です。 回復可能であるのならそれを明示すべきです。
  もし、一旦汚れても、時間がたてば回復するというような見解があるとしたら、 それは全く不見識なもので、その時には名水真姿の池湧水の価値は損なわれているのです。 いつになれば回復するのかも予測できません。「多少汚れてもよい」 というような考え方は、 真姿の池湧水を利用し、愛する人々にとって、到底許されるものではありません。
  みず部会の検討も経ていない協定の内容については極めて不十分なものと思いますが、 一方で、協定を結んだからには少なくともその内容に忠実であることが責務となります。
  いたずらに危険を冒す工法に固執すると取り返しのつかない事態を招き、将来に大きな禍根を残すことになります。 今からでも最善を尽くす努力を求めたいと思います。